クールタイム

 「雑草はどこから生えてくるんだろう」
 うだるような午後の日差しに背中をじっと見張られながら、軍手にこびりついた茶と緑の色を見つめて独りごちる。むせるような、種類も知らぬ草の匂いを嗅ぎすぎて感覚が麻痺したのか、僕が知っている雑草の何たるかが崩れたような気がした。顎を滴る一粒の玉が地に塩分過多な恵みを授ける。
 そもそもどういう条件で雑草に分類されるのか。定義なんてあるのかも僕は知らないが、一目見て雑草かそうでない「植物」かは判別できてしまう。小さい頃から草刈りに駆り出され、考える頭を持たぬままに引き抜くべき形や色合いを刷り込まれた。
 あのイネのような単葉植物。他にもあるだろうが、世間一般で雑草のイメージを一手に集めるアイツだ。僕たちの英気を吸い取って伸びているなんて被害妄想に襲われるほどに草むしりとなるとほとんどコイツを相手にする。名前なんて知らない。
ヤツあるところに草むしり有り。いや、ただ雑草が伸びてるから草むしりさせられるだけだ。駄目だ、暑さで頭が回らない。何で雑草が生えて来るか、だ。そう、この単葉植物どもが花を付けたところなんざ生まれてこの方見たことがないし、どこの土の上にも決まって顔を出す。どういう生態でどういう繁殖法を取っているのか全ては謎なのだ。本当にどこにも生えてくるものだから、もしかしてこれは地球が自身の温暖化の危機に対して取った大きなおおきな生存本能なのではないかとさえ考えてしまう。青々とした植物で都市を停止、地球が人類に牙を向くクリーン作戦。もしこれが映画なら、ハリウッドが総力を挙げたって安っぽい出来になるに決まってる。
 知らないのか、とくたびれた声がする。朦朧とした意識が何とか声のした方を割り出してくれたので、ぎゅっと眉間にシワを寄せながら顔を上げると、そう遠くない位置に友達が居た。彼もまた体じゅうを汗で濡らしている。僕の視線に気づくと彼は言葉を続けた。
 「雑草は、みんな人の魂でできているんだぜ」
 暑さに脳がやられてしまったのだとすぐに思った。けれど自信満々にそう言い放つ彼にその意味を聞かずにはいられなかった。
 「魂って、死んだ人間のかい」
 「そうさ。肉体の生まれ変わりの途中、魂の輪廻転生の過程で人の魂は一旦雑草の姿でこの世に現れる」
 「もしかしたら抜いたらまずいのかな」
 「いや、人の手で引き抜くことでその魂が輪廻の輪に戻るんだ。ほらこれでまたこの瞬間に生命が生まれた」
 そういう彼は足元の雑草を抜いて目の位置に掲げた。突拍子もない理論だが、不思議と僕の頭はすんなりそれを受け入れた。九割以上が暑さのせいだろうが。
 彼の言うことが本当なら、何も無い場所にいくらでも生えてくる不可解な雑草の正体の謎が解けるというものだ。
 僕は辺りを見渡す。するとまだ多く残っている雑草だらけの中で、僕の胸ほどにまで伸びたあの見慣れたフォルムが太陽に反射しているのを見つけた。深く根を下ろし高く青々としていていかにも手強そうだ。手に余るからこそ長らく放置されているのだろう。
 「じゃああの抜く気も失せるような立派な雑草は、世界にけして多くはいない天才か、世界に災いをもたらすテロリストの魂のどっちかかも知れないね」
 「どっちの魂か試してみるかい」
 彼は僕に疲れを隠すことないまま冗談を飛ばす。だから僕も「やめておくよ。そんな元気も無いし」と軽く流す。
 やがて永遠とも思えた草むしりは担任の号令で終わりを迎えて、僕らは集めた雑草をゴミ袋にひとまとめにして、その最後を見届けることもなく水道へひた走った。