ていうかもう寝よう

久しぶりに自分の為だけに文章を考えてみる。会社の報告書や日誌とは違う、何の損得もない文章だ。自分の為だけの文章は、誰の顔色も気にしなくて良いはずなのに、浮かんだことを片っ端から書いていけばいいはずなのに報告書や日誌よりスラスラとはいけない。ちゃんと考えてる証拠だ。頭を使うことは良いことだ。

なんたってまた日記を始めたのかというと、それは最近頭を使っていないと思ったから。脳みそは使わないとだんだん弱る。何も考えず何も欲しがらず生きていくのはとても寂しい。今の俺がそうだ。買った本はおろかブルーレイの映画すらも積んでいる。休日は外に出る気力もなし、布団の上でスマホのゲームをポチポチポチポチ、ツイッターの反応に一喜一憂。それでもそんな今が、いつまでも続けばいいとは思わない。何が好きで何が欲しかったのかを思い出さなければならない。手遅れになる前に。頭を使おう。俺はけして頭がキレる方ではないけれど、考え続けるかぎり俺は1人の人間だ。周りのみんなは忘れているかもしれないけど、俺だって1人の人間なんだよ。

どんなことを積み重ねれば俺は俺を取り戻せたといえるだろうか。誰も方法を知らない。俺も知らない。とりあえずは自己満足を積み重ねれば、近いものを得られんじゃないかと思った。

そこで日記を再開することに決めた。俺は大雑把な性格なくせに何かを記録するのが好きだったんだ。グループワークの書記や銭勘定とかそんなのじゃあなくて、もっとくだらなくて取り留めのない、実家の電話の脇の、10年経っても減りゃしないメモ帳みたいな内容だ。何でもいい。自分で考えることが大切なんだ。定期的に自分の為だけに文章を書く。根拠はないけど、そうする事で何かが変わり始める気がしたんだ。どうしてこんな事考えたんだろう。夜勤の入りにまったく寝ていないせいからかな。どうかしているのだろうか。でも根拠のなさと自信は反比例する。それが10代の特権じゃないか。思春期が終わるまで、どうかそっとしておいてほしい