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その舟に乗せてくれ

言葉の意味がわからない単語を見つけると、国語辞典的なページで検索してスクリーンショットに残す習慣がある。それらは古語だろうが医学用語だろうが、一緒くたにしてフォルダにまとめている。

 

そうすることで語彙が増えるかといえばそんなうまい話があるわけもなく、自己満足すら通りすぎてただ作業の目で繰り返し行っている。

 

とりわけ気に入っている単語なんかはよく覚えていられるのだが、使いどころのないものばかりだ。ファージとか。テロメアなんて意味すらよく分からないけど、なんとなく語感がかっこいいので気に入っている。

 

 

古本や歴史の本を読んでいると、知らない単語が立て続けに出てくる。1ページのうちに何度も辞書を引かなければならない時もままある。その度に一旦本から意識を離れさせなければならないので、臨場感もテンポもあったもんじゃない。娯楽としてか、勉強としてか、作業としてか。一体おれは何を目的にこの本に向かっているのか、分からなくなってしまう。どことなく英語の教科書の例文を和訳しているような感覚がつきまとう。

 

難しい日本語を自分が理解できるレベルに落とし込むわけだからそう難しくはない。外国語だとこうはいかない。長文をひと単語ずつまじめに訳していくと、必ずといっていいほど熟語という難敵に足をとられてすっ転んでしまう。by the wayが日本語で「ところで」だなんて、義務教育で教えられていなかったら、おれたちはいったい何て訳しただろう。

 

ところで、中学生くらいの時に、洋楽を自分で日本語訳してみようとするの、どうしてなんだろうね。誰しも一度はやったことがあると思うんだけど。