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タイムマシンは流線形

自転車は徒歩より速く、車は自転車より速い。それよりもっと速い乗り物はたくさんある。

 

速いスピードで移動するほど、土地どうしの距離の感覚が曖昧になる。自分の意識外でその移動が行われているなら、なおさら。

 

新幹線を使うとき、本州なら数時間で大体どこにでも行けてしまうから、ひょっとしたら、車窓から見える灯りのついた家には誰もおらず、人が住んでいないのかもしれないなという想像がある。何もかもすっ飛ばしてしまうスピードがそうさせるのだろう。

 

公共の乗り物は、自分が知っている、また憶えている道が終わると、目的地までは何キロで何時間かかるとかの数字に置きかわる。数を数えるステップに移行したとき、はたしてそれは移動しているといえるのか。エレベーターに乗っているときの感覚と似ている。

GPSの上では移動していても、それとは別に、なんだかとても曖昧な空間に留まり続けている気がする。少し怖いけど、嫌いじゃない。

新幹線という空間に適当な風景を窓に貼っつけて、目的地のデータを読み込む時間稼ぎをしているのではないか。なんてことも考える。風景に飽きてそんなこんなを想像していると、これもまたすぐに飽きて、いつの間にやら眠っている。

世界は五分前にできたっていう理論を少し信じている節がある。

 

村上龍の「五分後の世界」を積んでいるのを思い出したけど、読むのはまた今度にしよう。