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クールランニング

たいていの家庭では一度くらい、冷えた味噌汁を飲む機会があるかと思う。朝寝坊をして食卓に行くと、冷えた朝ごはんが、ハエ避けや手頃なチラシなんかに覆われている。

おれの家では平日の朝はいつまでも起きないでいると強制的に叩き起こされるので冷えた朝ごはんにありつく事はまずないのだけど、一年に一度あるかないかくらいの割合でたまにそういう時がある。その時に、冷えたご飯を冷えた味噌汁に入れてかっこむのが何気に好きだったりする。

 

寝坊をしているのだからゆっくり味わう暇はないものの、いつもの献立がまったく違う食べ物のようになる。あったかい味噌汁とご飯ではこうはいかない。美味しんぼで読んだが、冷えた味噌汁やご飯は甘みが増すらしい。そのせいかもしれない。

 

一人暮らしを始めてから、自分でその冷えた朝ごはんを再現しようとしてみたことがあるが、これがなかなかうまくいかない。

まず炊飯器が現状戦力にならない(1年くらい使っていないので抵抗がある)ので手鍋で米を炊くことになるのだが、鍋蓋もまた戦力にならない(紛失しました)。

実際やってみるとお分かりになるかもしれないが、米全体に均一に熱が通らなかったりして、焦げてバリバリのものか雑炊に似たようなまがいもののどちらかができあがる。

炊くというより煮込むという表現が適しているかもしれない。相手が生米であっても煮込むというスタンスを崩さない手鍋には敬意を表したい。だが今はもう、そういう時代ではないのだ。君は過去長い間自炊に貢献してくれたし、私としても甚だ残念ではあるのだが、君には明日から木綿豆腐のにがり捨て場として働いてもらう。これからの時代(しゅしょく)は冷奴なのだ。すまんな。

それでまあそのまがいものを冷やすとなると、あまり美味しくないんぼになるので、諦めてカレー粉を投入し煮込んでそこそこ美味しんぼに戻すという情けないムーブをすることになる。ちなみに撤退のタイミングを見誤り、冷えた味噌汁を投入するとぜんぜん美味しくないんぼになるので注意されたし。

 

次の休みに車を乗り換えるため実家に帰るのだが、冷えた朝ごはんが食べたいと言ったら複雑そうな顔をしそうだから気が引ける。冷えた朝ごはんというワードは一見寂しいようで、実際は朝ごはんを作ってくれてさらに自分のために置いておいてくれるきちんとした環境がないと成立しないので、優しさに溢れているような気がしてくる。一人暮らしをしていると、特に。

ちなみに家族でインド料理を食べに行く話が進んでいる。楽しみだ。