乾いた皇帝

不時着した惑星にはペンギンがいた。ものすごい数のペンギンがいた。しかし彼らと共に過ごすうちに徐々に違和感を覚えはじめた。彼らは狩りをするでも繁殖するでもなく、ただそこらじゅうをうろうろするだけなのだ。銅の丘を登り、同胞と肩を寄せ、首を上げたり下げたりするだけで何もしない。何も食べない。何も飲まない。何も排泄しない。何も喋らない。
小さな瞳を一目見ようと、濃い模様に顔を近づけてみれば、表面はのっぺりしていてどこにも器官といえるものがみられない。愛くるしい姿はただのシルエットで、生き物としてではなく、彼らのペンギンらしさはただの記号だった。彼らに意思はない。だがそこに立つだけでペンギンとして成り立っていた。たとえこの惑星が滅びても、その姿は変わることなく残り続けることだろう。気付けば私はその永遠の芸術の虜だった。
宇宙船を修理し、地球に帰還する際に私は1匹のペンギンを連れ帰った。長い宇宙の旅の中でも、やはりペンギンはそこにいるだけで、眠りもしなかった。帰還したときには僕は奇跡の生還者として一躍時の人となったが、宇宙学者の偉いさんからはこっぴどく叱られた。ペンギンを連れてきたのがいけなかった。私は人類史上初めて惑星間で誘拐をしたことになる。サイエンス誌には宇宙海賊と、褒めてるのか貶してるのか分からない見出しがついた。私はまんざらでもなかった。
私の軽率な行動は、連日会議にかけられた。宇宙人の怒りを買った、報復にやってくるぞ。誰かが言ったが、すぐに流された。結果、私への処罰は、ペンギンを政府が保護するというものだった。一民間人の手に渡すには、未知なことが多すぎて認められないということらしい。案の定、政府の機関が秘密裏に研究を進めていたそうだが、ついさっき脱走したという情報を同僚から聞かされた。同僚は信用だとか立場だとかを口にして頭を抱えていたが、私は心の中で、よくやったと立ち上がって拍手した。
あの惑星で撮った写真が一枚だけある。実際にこの目で見たはずの光景なのに、写っているのは加工した岩石砂漠を背景に、いかにもな権利フリーのイラストを貼り付けたような、作り物の風景だった。水さえなかった惑星にいた彼は今、この青い惑星のどこかで泳いでいるのだろうか。記号でしかなかった彼に、それは生命が宿る瞬間といえるだろう。だけどどうしても、あのペンギンの泳いでいる姿がイメージできない。きっとまたどこか干からびた砂の上で、何をするでもなく首を上げたり下げたりしているのだろうと思う。